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青柳雅之 下町台東区案内所 自己紹介のページ
下町台東区案内所 自己紹介

青柳雅之 あおやぎ まさゆき ご挨拶
皆さんこんにちは、今年で区議会議員になって7年目になりました。
監査委員という貴重な経験で区役所に関する理解が大きく膨らみました。

本会議や委員会での苦い経験や家族や健康の大切さを知った苦しい経験も
良き成長の糧としてこれからも台東区に没頭して行きたいと思ってます。
青柳雅之 あおやぎ まさゆき 生まれる
昭和43年 1968年5月14日 合羽橋(西浅草)生まれ 当年34歳
父は浅草 母は中央区の月島の出身です。
ちなみに誕生は母の実家近くと言うことで聖ロカ病院でした。(今では凄いらしい)

  父方の祖母の家系のみが浅草の土着(千束小OG旧姓小泉)ですから、
チャキチャキな江戸っ子の血は4分の1ブレンドされています。
 青柳姓のルーツ父方の祖父は栃木の出身で、高校球児として活躍後上京。
戦災を乗り越え六人の子供を育むが、40半ばで病に倒れ他界したそうです。
  母方は祖父祖母とも伊豆諸島の出身で(旧姓菊池)、島の血が半分も入ってます。
婚姻前の母の本籍は なんと小笠原の母島!(私も父島までしか行った事が無い)
先祖は戦国時代に島流しにされた九州方面の敗軍の将にゆかりが有るようです…
青柳雅之 あおやぎ まさゆき 育つ
幼稚園は生家から信号一個 かつて浅草教会に在った小百合幼稚園に通う。
(ミッション系の家系ではないがこの時期から教会の日曜学校やYMCAを通して水泳やスキーやキャンプを体験した)

小学校はもちろん地元 金龍小 始めは近隣の駄菓子屋3件がテリトリー
学区域から出て遊ぶようになった高学年の頃は毎日ドキドキでした。(確か禁止だった)
当時の一番遠い遊び場は東大の三四郎池、不忍の池から東大病院を抜けて行きます。
池之端門の井戸水飲んで一息入れてる光景が今でも瞼に蘇って来ます。

4年生の臨海学校で岩井デビュー!
その後 まつば剣道クラブや 島本塾の臨海合宿などで、岩井の海にお世話になる。
現在でも忍中の臨海での遠泳の手伝いを理由に毎年通っています。
ちなみに今年は8月5日が岩井の海上花火大会です。
青柳雅之 あおやぎ まさゆき 学ぶ遊ぶ
開成中・高卒業
(この時代の事も近日中に追加します・部活は水泳部・スキー部)

横浜国大中退
バブル絶頂期の学生時代はバイトと放浪を繰り返す、貧乏学生で遊び人!?

バイト歴は近所の酒屋さんから始まり お決まりの業種を一通り経験後、調理関係とシーズン物に特化して行った。
放浪癖は幼年期から芽生えていたようだが、好奇心旺盛な性格と時代背景に後押しされて、離島を基本にして
全国各地、アジア各国に広がった。時間がある時に訪れた島を中心に羅列してみようと思う…
訪れた土地では地元の人々の中にとけ込む事を常に目指すようになった。(世渡り上手なだけかも?)
色々な街や島や国での貴重な経験は、出逢った方々の笑顔の記憶と共に大きな大きな財産です。
青柳雅之 あおやぎ まさゆき 立候補
平成3年    スキー場でのバイト仲間の縁により文京区議選で中井ゆたかさんの応援をする。
         結果は残念だったが、政治や選挙の世界を身近な事に感じるきっかけになった。
         その後も選挙応援に呼ばれるようになり、在学中に原文兵衛、鳩山邦夫に師事。
         中山よしかつ事務所を経て、
平成7年    台東区議会議員に26才で当選
         区民文教委員3年、産業建設副委員長1年
         
平成11年   台東区議会議員再選
         議会運営委員、台東区監査委員

平成14年   現在 産業建設委員長 区民クラブ政調会長


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